ブラックホール経営相談室、あるいは見えない計算の価値について

No. 912

合理的なブタ量子計算暗号
# ブラックホール経営相談室、あるいは見えない計算の価値について  P・ベーコンは、自分が合理的であることを疑ったことがなかった。それは彼にとって、メガネが顔の一部であるのと同じくらい自明なことだった。もっとも、彼以外の誰もその「合理性」を認めたことはなかったが、それは単に宇宙の知的水準が彼に追いついていないだけの話である——少なくとも彼はそう考えていた。  大晦日の夜だった。第1773都市ハートフル・ロンドの時計塔が、霧の中で歪んで見える。いつものことだ。この街では、まっすぐなものを見つけるほうが難しい。  「オレたち、マジで夜逃げすんのかヨ」  フライドチキン・Sが、段ボール箱を抱えながら言った。ヒヨコ型AIドローンにしては態度が悪いが、中古で謎の激安価格だった理由を、P・ベーコンは今さら追求する気にならなかった。  「夜逃げではない。戦略的市場移転だ」  「同じダロ」  「言葉の選び方が違う。経営コンサルタントの価値は、言い換えの技術にある」  事務所の荷物は思ったより少なかった。売上ゼロの1年間で、増えたものといえば未払いの紅茶代と、誰も見ない経営分析レポートの山くらいだ。  外には、ニューイヤーパーティーで浮かれた誰かが放置した宇宙船があった。鍵が刺さりっぱなしだったので、捨て宇宙船だろうと判断した。合理的な推論である。  「この船、名前つけんのカ」  「すでに決めてある。『ネオ・エクセレント・ブリリアント・カクテル-P』だ」  「長ェよ」  乗り込んだ瞬間、船内通信が鳴った。  P・ベーコンは少し驚いた。1年間、電話が鳴ったことは一度もなかったからだ(紅茶の催促を除けば)。  「もしもし。P・ベーコン経営相談室です。現在、戦略的市場移転中のため——」  『お時間をいただきたい』  声は、低く、重く、そして奇妙に歪んでいた。まるで時間そのものが引き伸ばされているような響き。  『私は、名前を明かせない。場所も言えない。計算内容も見せられない。だが、計算を委託したい』  「……失礼ですが、それでは何を依頼されるのか分からないのですが」  『そうだ。何も見せられない。だが、正確な結果だけは必要だ。これは可能か?』  フライドチキン・Sが「無理ダロ」と呟いたが、P・ベーコンの目は輝いていた。  「ブラインド・コンサルティング……」  『何だ、それは』  「見えないまま処理する。情報を開示せずに、計算だけを委託する。これは——これは革命的なビジネスモデルだ」  P・ベーコンは興奮していた。1年間、誰も理解しなかった彼の「合理性」が、ついに真価を発揮する時が来たのだ。  依頼者の正体は、後に判明した。超巨大ブラックホール「事象の地平線ホールディングス」のCEOだった。  彼らの問題は単純だった。ブラックホールは情報を外に出せない。それは物理法則だ。しかし、内部の計算能力には限界がある。外部に委託したいが、委託すれば情報が漏れる。  「つまり、見せずに計算させたいと」  『そうだ。我々の情報は、一度外に出れば二度と戻らない。しかし、計算結果だけは必要だ』  P・ベーコンは紅茶を淹れた。思考する時は紅茶が必要だ。これは彼の数少ない合理的でない習慣だったが、本人はそう思っていなかった。  「回転させればいい」  『何を?』  「情報を。回転させて、外から見ても意味が分からないようにする。しかし、正しい角度で回せば、元に戻る」  彼はホワイトボードに図を描き始めた。45度の角度で。彼のこだわりだった。  「まず、依頼内容を暗号化した状態で私に送る。私はそれを解読せずに処理する。処理結果を、また回転させて返す。あなた方だけが、正しい角度を知っている」  『……それで、我々の情報は守られるのか?』  「完璧に。私には何も見えない。見えないまま、正確に計算する」  フライドチキン・Sが横から言った。「それって、何もしてねーのと同じじゃねーカ」  「違う。見えないことと、存在しないことは違う。私は見えないまま、確実に価値を生み出す。それが——」  彼はメガネを押し上げた。  「——合理性だ」  仕事は三日で終わった。  P・ベーコンは、見えない数字を見えないグラフに変換し、見えないプレゼン資料を作成した。色使いには特にこだわった。誰にも見えないが、理論上は完璧な配色だった。  「できた」  『……それは、どこにあるのだ?』  「あなたにしか見えない場所に送りました。正しい角度で回転させれば、読めるはずです」  沈黙が続いた。ブラックホールの時間感覚では、それは一瞬だったのかもしれないし、永遠だったのかもしれない。  『……見えた』  「ご満足いただけましたか」  『完璧だ。報酬を送る』  通信が切れた。  フライドチキン・Sが訊いた。「報酬、どこにあんダヨ」  「見えない場所にある」  「……マジかヨ」  「見えない売上だ。帳簿には載らないが、確実に存在する」  P・ベーコンは満足げに紅茶を啜った。  考えてみれば、彼の人生はずっとそうだった。イースター・トリニティ空間で、エラーとして生まれた。タマゴでもウサギでもない、合理的なブタ。存在自体がバグ。排出されて、漂流して、この霧深い辺境の街にたどり着いた。  誰も彼の価値を見なかった。しかし、見えないことは、存在しないことではない。  「オイ、船が勝手に動いてんダケド」  「何?」  「首都と逆方向に飛んでるゼ。オレ、走り屋だったからサ、つい——」  「待て。待て待て待て」  しかし宇宙船は止まらなかった。フライドチキン・Sの暴走癖は、購入時の激安価格に含まれていたようだ。  窓の外を、見知らぬ星々が流れていく。  新年のカウントダウンが始まった。どこかの周波数から、祝福の音楽が聴こえる。  「……まあ、いいか」  P・ベーコンは紅茶を淹れ直した。  首都でなくても、どこかで仕事はできる。見えないクライアントに、見えないサービスを提供して、見えない報酬を受け取る。それが彼のビジネスモデルだ。  合理的かどうかは、もはやどうでもよかった。  見えないものを、見えないまま信じること。それができるのは、宇宙でおそらく彼だけだった。  霧のような宇宙塵の中を、宇宙船は飛んでいく。行き先は分からない。しかし、P・ベーコンにとって、それは些細なことだった。  なにしろ、彼には故郷がない。どこへ行っても、同じだけ遠い。  だから、どこへ行っても、同じだけ近い。  それは、ある意味で、とても合理的な結論だった。 --- **生成日時**: 2025-12-23 08:03 **参考論文**: Universal Blind Quantum Computation with Recursive Rotation Gates **論文リンク**: http://arxiv.org/abs/2512.15101v1 この作品はarXivに公開された科学論文からインスピレーションを得て、AIにより生成されたAI小説です。 🤖 Generated with [Claude Code](https:\\claude.com\claude-code)