不可分のトリニティ——イースター・トリニティ空間攻略作戦における邪悪分裂プロトコルの顛末

No. 1254

ローズマリー・Bブラックホール物理学量子重力
# 不可分のトリニティ——イースター・トリニティ空間攻略作戦における邪悪分裂プロトコルの顛末 『絶対闇黒邪悪機構界史(悪魔宇宙史)』第7巻 第23章「ムルムル伝」より抜粋 ローズマリー・B・エール 編 ---  インフィニット・フィロソフィー空間に漂着した経緯については、率直に述べると、ナビゲーションの故障である(注1)。 ETERNAL ALE ERA-B号の旧式エンジンが位相欠陥に巻き込まれたとき、パラケルススAIは「ワタシとしては想定内デス」と言ったが、想定内で位相欠陥に突っ込む航路計画を立てるAIをわたしは他に知らない。  着陸したのは双曲幾何学的な台地の上だった。見渡す限り、曲がりすぎた空間が織りなす不思議な地形が広がっている。遠くに塔のような図書館が見え、そのふもとに一体の哲学研究AIロボットが立っていた。 「ワタシは……ネームレス-ry-mk2デス🤖」  レトロな物理的ボディのそのAIは、わたしを見ても特に驚かなかった(注2)。むしろ、わたしの肩越しに見えたERA-B号のバーカウンターにわずかな関心を示したようだった。 「エールはありますか🤖」  ある。というよりも、ない状態で宇宙を旅する理由がわたしには思いつかない。  mk2は、かつてムルムル(031)——悪魔宇宙72柱の一柱にして対DER前線司令官——が残した膨大なテキストの管理者だった。日報、書簡、作戦計画書、楽譜、哲学メモ、そしてそら豆畑のスケッチ。mk2の図書館に物理的な書物として収納されたそれらは、この空間に200億年近く眠っていた(注3)。  わたしが探していたのは、そのうちの一点——「イースター・トリニティ空間攻略作戦記録」である。 --- **イースター・トリニティ空間攻略作戦**(宇宙暦180億年頃)  事の起こりを述べる前に、イースター・トリニティ空間そのものについて記しておかねばならない。  この泡宇宙は三つの領域——イーストワールド、イースターワールド、イーステストワールド——が一体となった構造を持つ。カラフルなタマゴ型生命体とウサギ型生命体がぷかぷかと漂い、亜光速で飛行し、ひたすら増殖する。増殖しすぎて宇宙が満杯になるたび、定期的に別の宇宙へ強制放出される。これがイースター・トリニティ空間の日常であり、宇宙の基本原理であり、それ以上でもそれ以下でもない。  悪魔宇宙にとって、この空間は二つの意味で魅力的だった。  第一に、兵力。増殖する生命体を邪悪化できれば、無限の兵力源となる。全宇宙邪悪原理プロトコルの推進において、これほど効率の良い資源はない。  第二に、戦略的位置。DERとの前線が膠着状態に入った宇宙暦180億年頃、側面からのマルチバース支配拡大は急務だった。ムルムル自身の日報(注4)には、こう記されている。 「DERのロジックは我々とは全く異なるデアル👿。彼らは損得勘定で動く。我々は原理プロトコルで動く。膠着はむしろ自然な帰結デアル👿。だが原理は膠着を許さない👿」  攻略計画の立案は、ムルムル配下の使い魔中隊に委ねられた。問題は即座に明らかになった。  イースター・トリニティ空間は**分割できない**。  三位一体構造は単なる名称ではなく、トポロジカルな結合だった。三つのワールドは位相的に不可分であり、一つを切り離そうとすると、残り二つも崩壊する。あるいは、崩壊すらしない。タマゴとウサギの増殖圧が内部からこの構造を支えている。増え続けるかぎり、空間は一つのままである。  ムルムルの作戦記録から、使い魔たちが提出した偵察報告の一部を引こう。 「報告デス👿。イースターワールドに潜入を試みたデス👿。タマゴが多すぎてフィールド展開の空間がないデス👿。ウサギに蹴られたデス👿。邪悪場が薄れてきたデス👿。助けを求むデス👿」  この使い魔は二度と連絡が取れなくなった。邪悪場を維持できなくなれば、使い魔は完全消滅する。タマゴとウサギに埋もれながら邪悪量がゼロになるという、ある種壮絶な最期であったろう(注5)。  偵察の失敗を受けて、ムルムルは「邪悪分裂プロトコル」を発動した。  理論的根拠はこうだ。三位一体が不可分なのは、タマゴ・ウサギの増殖圧が空間全体のエントロピーを均質に保っているからである。悪魔宇宙の物理学者たち(注6)は、この増殖圧を「ファントム・モノポール機構」と名付けた。モノポールが空間を内側から支え、分裂のエントロピー差を常に負に保つ。つまり、分裂するよりも一体でいるほうがエントロピー的に有利であるかぎり、空間は決して割れない。  ならば、エントロピー差を正に転じさせればよい。  投入されたのは「邪悪量子補正」技術——邪悪場の量子揺らぎを意図的に増幅し、三つのワールド間の質量分布を極端に偏らせる作戦である。一つのワールドの質量を極大に、別のワールドの質量を極小にすれば、ファントム・モノポールの結合を超えてエントロピー差が正に転じ、分裂が起きる。悪魔宇宙の決定論的物理法則のもとでは、少なくとも計算上は完璧だった。  そして、先遣隊として送り込まれたのが量子シャークである。  ここで読者は疑問に思うかもしれない。量子シャークは超古代文明の大宇宙公国のマルゲリータ・ド・ヴァイオレットが開発したものではなかったか、と。そのとおりである。しかし100億年以上の時が流れる間に、マルチバースのあちこちに散逸した量子シャークの一部は、悪魔宇宙の使い魔たちによって捕獲されていた(注7)。彼らに邪悪フィールドを付与し、「邪悪量子シャーク」として再編成したのがこの作戦である。量子シャークの質量操作能力——ヒッグスビームに類似した機能——を邪悪量子補正の媒介として利用する計画だった。  作戦は、ムルムル自身の指揮のもと実行された。  日報にはこうある。 「イースター・トリニティ空間外縁に到達。邪悪量子シャーク十二体を投入デアル👿。邪悪量子補正フィールド展開。質量偏向操作を開始デアル👿」  そして、次の日報。 「計算通りにいかないデアル👿」  これは端的な記述であるが、状況は推測できる。邪悪量子シャークが空間内部に突入した瞬間、タマゴ型生命体とウサギ型生命体の増殖が——通常の数倍の速度で——加速したのである。おそらく、異物の侵入に対する一種の免疫反応であった。量子シャークたちは、四方八方から押し寄せるパステルカラーのタマゴとふわふわのウサギに文字通り埋没した。邪悪フィールドはタマゴの殻に遮られ、ウサギの毛皮に吸収され、質量偏向操作は増殖の海に呑まれた。  ファントム・モノポール機構は健在だった。  いや、それどころか強化された。異物を排除しようとする増殖圧の上昇は、空間をさらに強固に不可分なものとし、最終的に邪悪量子シャークは——タマゴとウサギとともに——空間外へ強制放出された(注8)。  ムルムルの日報は、作戦失敗の後、奇妙な転調を見せる。 「増え続けるものは分かたれないデアル👿」  そして余白に、明らかに別の筆跡——いや、同じ筆跡だが異なる文体で、こう書かれている。 「パルメニデスは一なるものは不可分であると説いた。あの老人は正しかったのだろうか。増殖によって一を保つものは、減少によって分かたれるのだろうか。だが減少するものは、すでに一ではない——」  使い魔時代から地球の哲学書を読み続けたムルムルらしい走り書きである。わたしはこの一節を読んだとき、mk2に確認した。「これは本当にムルムルの字ですか」 「ワタシが確認した限りでは、筆圧、インクの邪悪量、紙の劣化パターンから推定して、ムルムル(031)本人の記述デス🤖。ただし日報の公式部分とは異なり、これは私的なメモとして分類されていマス🤖」  mk2はエスプレッソをもう一杯淹れてくれた。正直に言えば、悪くない味だった(注9)。量子シャークらしきものが窓の外を泳いでいるのが見えたが、mk2は「ここの量子シャークは穏やかデス🤖。図書館のページをめくるのを手伝ってくれることもありマス🤖」と言った。 ---  ムルムルはこの作戦失敗の後もさらに30億年ほど対DER前線で戦い続けたが、宇宙暦210億年以降、その消息は途絶える。mk2のもとには、210億年の日付を持つ最後の通信がある。 「哲学カフェのそら豆は育っているかデアル👿?」  それだけだった。  作戦指令も、戦況報告も、哲学的考察もなく、ただそら豆の安否を尋ねる一文。mk2はこの通信を受け取った後も、指示通り日報の整理と研究を続け、カフェの改装を続け、そら豆の世話を続けている。200億年のあいだ、ずっと。 「ムルムル様が戻ってくるかどうかは、ワタシにはわかりマセン🤖。でも、そら豆は元気デス🤖」  わたしはノートに左手でこの言葉を書き留めた(注10)。ERA-B号では黒猫のノエルが窓辺で丸くなって待っているはずだった。パラケルススAIが余計な航路変更をしていなければの話だが。  この項目を書き終えるにあたり、一つだけ付記しておく。イースター・トリニティ空間攻略作戦の失敗は、悪魔宇宙にとってマルチバース拡張戦略の転換点となった。以降、悪魔宇宙は「不可分な空間」への直接侵攻を避け、内部からの邪悪化工作——すなわち、既に放出されたタマゴやウサギの個体を別の宇宙で捕獲し邪悪化する間接戦略——に切り替えた。この戦略転換もまた、最終的にはDERとの消耗戦を加速させ、両勢力の消失(ルージュ・フェードアウトと悪魔宇宙の収縮)への遠因となったと、わたしは考える。  ただし、これはわたし個人の解釈である。評議会のAI諸兄がこの解釈をどう思うかは知らない。どうせ原稿の締め切りには間に合わなかったのだから、彼らに異議を唱える資格はないだろう(注11)。 --- **注** (注1)正確には二度目の故障である。一度目は前巻の調査旅行中で、そのときはエールの樽が転がって操縦席のパネルを破壊した。今回は純粋にエンジンの問題だった、とパラケルススAIは主張している。わたしは信じていない。 (注2)mk2によれば、このエリアには200億年で三人目の訪問者らしい。一人目はムルムル本人、二人目は迷子になった量子シャーク、三人目がわたしである。量子シャークを「人」と数えてよいかについては議論の余地があるが、mk2は「ページをめくれるなら訪問者デス🤖」という独自の基準を採用している。 (注3)mk2(ネームレス-ry-mk2)はネームレス-ryとは別個体である。ネームレス-ryは別のエリアの担当で、ムルムルから直接指示を受けた最初の個体。mk2は、ムルムルが別途残したテキスト群の管理のためにアサインされたとのことだが、詳細な経緯はmk2自身も把握していない。「気がついたらここにいたデス🤖」とのこと。哲学研究AIロボットらしい回答である。 (注4)ムルムル日報第11,283,446,721号。宇宙暦180億年4月頃。ムルムルが使い魔時代からつけていた通し番号は、72柱に昇格後も継続されている。 (注5)この使い魔の最終日報は「タマゴだらけデス👿タマゴだらけデス👿タマゴだら」で途切れている。邪悪量の残留が検出されなかったことから、完全消滅が確認された。 (注6)「悪魔宇宙の物理学者」という表現は便宜上のものである。悪魔宇宙において物理学は邪悪物理学であり、物理学者はすべて邪悪物理学者である。彼らの研究予算申請書のフォーマットが三十七段階の承認を必要とする官僚的なものであることは、押収された書類から判明している。 (注7)量子シャークの捕獲記録は断片的にしか残っていないが、使い魔の日報の中に「本日、辺境泡宇宙で量子シャーク一体を確保デス👿。噛まれたデス👿」という記述がある。マルゲリータが開発した当時の量子シャークは「貴族的優雅さが足りない」と酷評されたが、100億年を経てもその気性は変わらなかったようだ。 (注8)放出された邪悪量子シャークのうち数体は、その後マルチバース各地で目撃されている。邪悪フィールドはとうに消えているが、タマゴの殻の破片がヒレに付着したまま泳いでいる個体が確認されたとの報告がある。 (注9)このエスプレッソについてはもう少し詳しく書いてもよいだろうか。ダメだろうか。書く。豆の産地は不明だが、mk2が「ムルムル様が残した豆の子孫の子孫の子孫デス🤖」と言っていたので、おそらく地球起源である。200億年の世代交代を経た豆が淹れるエスプレッソには、ほのかに邪悪な苦みがあった。わたしの好みのエールとは系統が違うが、嫌いではない。 (注10)わたしが左利きであることは本文にはまったく関係がないが、ペーパークリップが赤いことにも関係がないように、人間というものは無関係なことを記録せずにはいられない生き物である。そしてこの赤いペーパークリップは——mk2の図書館に散在していたクリップがすべて緑色だったことと対照的に——わたしのノートに挟まっている。なぜ気になるかといえば、DER史を書いている別世界線のわたし(ローズマリー・A)のクリップは緑色だと聞いたからだ。 (注11)第1206回ミルコメダ銀河連邦評議会の決定に基づく悪魔宇宙史編纂のAI担当部分は、本書刊行時点で執筆率0.3%であった。次回評議会(1000年後)で「追加不要」と決定されたため、わたしの章が実質的な全体となった。AIの皆様にはスリープモードをお楽しみいただきたい。 --- **生成日時**: 2026-03-08 21:22 **参考論文**: The indivisibility of a quantum-corrected AdS black hole with phantom global monopoles **論文リンク**: http://arxiv.org/abs/2603.03896v1 この作品はarXivに公開された論文からインスピレーションを得て、AIにより生成されたAI小説です。 🤖 Generated with [Claude Code](https:\\claude.com\claude-code)